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しし座流星雨観測記録

	  観測記録なんて言うほど大げさなものではないけれども、
	めったにないことなので、少しだけ書いてみた。いずれ削除する。
		(追記)テレビによるとこれだけの規模のものは数百年ぶりだそうだ。
	テレビなどで、11.19早朝2:00〜3:00をピークにしし座で流星雨があるとの前宣伝が何度もあって、
	しかも、1時間に8,000個ぐらい見えるようなこと言っていたけど、
	時間が時間だけに、見たくてもまず無理だろうなと思っていたが、
	念のため、18日夜22:00頃夜空見たら、北の空以外、殆ど雲に覆われていて、
	微動だにせず、安定していたので、この調子だと、たぶん、駄目だなと思って寝た。
	北は良く晴れているけど、南側に雲がある。これは太平洋から蒸発した水分によるものだ。
	冬型の天気が緩和して全国的に高気圧に覆われて晴れると、
	太平洋側の雲が南から陸地へ戻ってくる。東京の冬によくある空だ。
	日本海に冬現れるすじ状の雲のへりの太平洋版。
	東海道で冬必ずと言って良いぐらいの海上にある雲だ。
	2:30頃偶然目がさめて、そのまままた寝るつもりだったけど、
	もしかしたら、今雨のような流星の雨かも知れないと思うと、寝てもいられず、
	少し見てみようという気になり起きて見てみた。
	そしたら、やはり、空の大半が雲に覆われていた。
	部分的に雲の切れ間から星も見えないことはないが、これでは駄目だ、と思って、
	5分ぐらい見て見えなければ引き上げるつもりでいたら、
	雲の切れ間からバーっと見えた。バーっと音がしたわけではないが、それで、暫く見ていて、
	雲の切れ間からやっとのことで6個ぐらい見えた。感激した。
	でも寒いし、見上げてばかりで首が痛いので、これで良しとして引き上げて、
	電気ストーブで体暖めながらTVを見たら2:50頃で、3:00のニュースででも流星のことやるかなと、
	待つことにして、その間パソコン立ち上げインターネットに繋げて、
	「しし座」「流星」「ライブ」で検索してライブ映像みようとしたら、動画のプラグインが全部駄目で、
	静止画の写真だけ見たけど、全然面白くないのし、TVも何もやらなかったので、
	寝ようと思い、念のためもう一度空見て見たら、だいぶ雲も動いていて、
	北側から少し晴れてきていたが、やはり大半は雲に覆われていたけど、
	こんどは割と多く見れて、10個ぐらい見れた。
	1時間に8,000個ぐらいといっても、1時間3600秒で割ると1秒に2個ぐらいの話で、
	実際は、3秒に1つかそれ以下ぐらい。続けて流れることもあるが、
	待ちは長い。TVのように安直ではない。かなり辛抱しないと駄目だ。
	流星雨なんてものとはかけ離れている。昔の人が見たら雨みたいなもんだろうけど。
	でも、妙なもので、なかなか見れないと逆に見れたときの感激は大きい。
	東京でこれだけ見れれば上出来かも知れない。空の暗さは景気と正比例する。
	私は昔少し星を見るのは好きだったので、
	冬の寒い夜に屋根に登って良く見た経験があるが、
	それほどの天文家でもない。今更星見たところで、どーということもないが、
	そういう自分でも、今までに総計15個ぐらい見ているかもしれないけど、
	今朝の僅か20分ぐらいの間にそれを上回る数の流星を見たわけだ。
	で、今回の流星は大きいのや小さいのをまぜてだが、自分が過去に見た流星は
	全て今回合間に流れる小さい流星程度のものばかりだった。
	今回の流星は時々見れたものが皆かなり大きかった。後に筋を残す物も多かった。
	早くて、真一文字でさっと消える。あんなに大きく早いものは他にない。
	人間が目で見れるもので、一番早いものは、実は流れ星であった。
	こんなものははっきり言って、やっぱり生まれて初めてだった。
	だから、今後も含めて、一生に一度のことかも知れない。
	たかが流れ星と言えばそうだが、並の流れ星ではない。一生ものだ。
	状況については色々の書き切れないので、ありきたりの記述になるけれど、
	広い広い大空にダイナミックに流れる星は他では真似ができない。
	TVやインターネットライブなんかで見て味わえるものではない。
	こんなに見ごたえのあるものなら、興行でちょくちょくやれば、とも思ったが、
	TVの番組みたいにそんなに安直にやれるものではない。
	花火とも違う。これはこうして見るしかないのかと思った。
	確かに一見の価値は十分ある。いわゆる流れ星とは完全に別物だ。
	だから、人によっては一生見ずじまいの人も多いだろうが、
	今の時代、流星ぐらいなら、やる気になれば、人工衛星などから、
	砂など撒けば、もっと凄いのが見れるのかも知れない。
	あと、数年後ぐらいには、世界的なショー等として興行的に、やるかも知れない。
	感想などはまだ一杯あって書ききれないが、取り敢えず少し書いてみた。
	4:00に寝て、5:40に目覚ましで起きてまだ、東の空が朝焼けで、真っ暗だったが、
	またいくつか流星が見れた。明け方の流星なんか本当初めて見る。
	皮肉にも、この時間には雲一つないくらいに晴れていた。
	会社に行く頃日の出は6:20で、あの星の明るさならまだ見えるかも知れないと、
	見上げながら会社へ出発したが、さすがにもう見えない。
	たいした文でもないが、別にまとめるか、要約して、短縮しようかともおもう。
	まずは行き当たりバッタリに書いた。ではおしまい。
	
	(追記)同じものをあるインターバル後に何度も見ても、それなりの意味や価値はある。
	  オリオン座も天上を過ぎ、真上に明るい星があった。シリウスは別にあったから、
	木星かも知れない。日の出前東の空に金星が見えた。
	流星は良く見ると、やはり、皆ある部分から、放射状に飛んでいた。
	その中心こそしし座なのだけど、天空全てで見れた。西の空や北の空でも。
	オリオン座の辺りは星が多いが、やはり東の空に多く見れた。
	北の空には殆ど星は見えない。北極星だけ。その北にも星が飛ぶから、
	流星は星以外のどこからか来たものだというのが分かる。
	北斗七星の辺りに最も多く見れた。見る方角の流星以外にも、
	後ろなどでも飛んでいただろうから、実際にはもっと一杯飛んでいるのだろう。
	中には赤く見える星もあったが、もしかすると、自分の目が赤かったのかも。
	水平線辺りはマンションの廊下の明かりや町の明かりが一杯あるし、
	少し空気が汚れているので殆ど見えない。
	5,000個だ8,000個だなどというのは、八ヶ岳山頂とかで、暗い星も見える所での話だろう。
	しかし、今日こうして見れたけど、たぶん何千年か何万年かそれ以上飛んできて、
	燃え尽きる最後の瞬間が見れたのだ。でも、それが事前に分かるからすごい。
	飛び方や方向、時間全て計算し尽くされて見ているわけだから。
	でも、数が多いからこそ見れるのであって、無数にあるどれがどう飛ぶとまでは分からない。
	これこそがユビキタスなのだ。また、多くの人も同時に同じ流星を見ているかも知れない。
	そこが、実にインターネットと似ていて、これは、インターネットのコンテンツに馴染むとも思った。
	インターネットのページも流星みたいなものだ。
	なお、本日夜にもまだ見れるらしいが、また見る気はしない。第一寝不足だ。
	こうした駄文は流星雨または流星群と言ってもこの程度か、この程度だよと、
	自分及びその他の人に言い聞かせ、どういうものかを代用解釈するための文章なのかも。
	TVによると、おととしヨーロッパで1時間に5,000個見れたと言うから、
	また、そう遠くない日にも見れるかも知れない。
	そのとき空が曇ったらこの文で代用解釈になるのだろうか。
	ならないのは知っていて書いている。他人にも愚にも付かない文でしょう。
	世にあまたある旅行記とかは殆ど毒にも薬にもならないので読まないが、
	これも殆ど自己満足の世界。でも、記録にしたのは、違った見方でまたいつか見れるからだ。
	昔から流星群はいくつか他にもあったし今後もある。しかし、こんなのは滅多にないけど。
	でも、だんだん寒さに対する抵抗力とか、視力の低下とかで、
	自分の方が変わる。今見る星は今しか見れないのだと、(「全てが生まれて初めて」の論理)
	そういうことは寧ろ若いときほど拘ったけど、年とともに、
	また、見えなくなるものもあるが、今まで見えなかったものも見えてくるものだと知った。
	一つの星を何人が見ているかとか、同じものの感じ方が人によりどう違うだろうかとか、
	考え始めたらきりがないくらい、色々の考えが巡る。
	どう見えるかは逆に自分の心と体を鏡に映して見ているようなものかも知れない。
	インターネットのホームページも同じものをあるインターバル後に何度も見ても、それなりの意味や価値はある。

	(新説:自分だけの説)流星雨の前後における見え方に違いがある。
	  ある程度の長い周期で訪れる流星雨のピークの前は数日前から、
	前触れ的に多少の流星雨はあるが、ピーク後の数日間にはほとんどか全く流星雨はない。
	これは、星間物質の相互の引力や運動である程度拡散して軌道が広がるが、
	地球がその軌道を通って流星雨を降らした後は綺麗さっぱり流れ落ちて、
	掃き清めるような形になり、次の日少しずれたそばを通っても何も残ってない。
	これは、自分の発見だが、実際に自分でも推定したし確認もした。
	平たく言うと、流星雨の直前は近づくに従って少しづつ増えるが、
	ピーク後も減りながら見えるかと思うと、全くと言ってよいぐらい見えない。
	だから、流星雨の翌日早起きして見ても無駄だということ。
	TVでも翌日もまだ見えるようなこと言っていて、直前になってあわてて訂正してた。
	ということはこれは、ある程度専門家などには既知の事実であったのかも知れない。
	人情的にも直前はいそいそと待ち焦がれて見るが、ピーク過ぎると人もサッと引くようだ。
	芸能人やスポーツ選手の実力のピークと人気離散にも似たようなところがある。
	強者といえども意外に寿命は短く、引け際も大切ということだ。

	(追記)冬の空はひときわ美しく、ついしし座流星雨のなごりとして、流星を探してしまう。
	特に東京でも、正月は空気が田舎並にきれいになり、照明も減り夜空が美しい。
	でも、もう滅多なことでは見れない。すると、つい負け惜しみのようなことを考える。
	正月のNHK-TVによりますと、やたら地球上に他の天体が落下すると、
	頻繁に恐竜が滅んだような気象の大激変が起こるが、
	地球の外側を廻る巨大な木星が、その役割を果たしているので、衝突の確立がさがり、
	人間のような高度の生命体が発達する長い平穏安定した環境が守られたのだと。
	この世では見れないものも一杯あるだろう。それを見た人は生きていない。
	でも、仮想現実、インターネットシミュレーション、TVのコンピュータグラフィクスでは見れる。
	見えない方が良いものは見えない方が良いのだと、平穏の有難さに感謝しよう。




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